No.19

2011-12-27

ミナト消毒㈱

代表者
辰巳功洋
創業
1965年
業種
害虫駆除
住所
神戸市須磨区東白川台2-20-3
電話
078-741-0606
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親切・丁寧な仕事で地域の信頼を勝ち取る

 創業者で現会長の幸雄氏は、海外からの感染症等の侵入防止のために海上で、神戸港に入港してくる船舶内のねずみ駆除等を行う会社に勤務していた。「陸に上がってこのノウハウを活かすことで、やりがいのある新しいビジネスができる。この事業はやっていける」と確信し、昭和40年に兵庫区に事務所を構え、独立開業した。
 当初は、前に勤めていた会社からの紹介以外のお客はほとんどなく、ガリ版でチラシをたくさん刷り、空いた時間を使って近所に撒くことで少しずつ地域に認知されていった。当時は、南京虫(吸血性の寄生昆虫)に悩まされる時代であり、外国人の宿舎、ホテル、一般の住宅等での南京虫駆除一本で徐々に商売が成り立つようになっていった。

 昭和48年頃からは、効果的な薬剤を使った防除により南京虫を目にすることが少なくなったが、代わってシロアリによる家屋への被害が増えてきた。当社がシロアリ駆除の事業をスタートしたときは、同業他社が県内で1~2社しかなく、ほぼ独占状態だった。
 しかし、木造家屋の多かった時代でもあり、今後の被害拡大が社会に与える影響を考えると、後進の育成が急務と考え、同業者による協会を設立し、10年ほどシロアリ防除の指導に誇りを持って取り組んだ。その功績も認められ業界団体等の役員を歴任した。
 現在、同業者は、県内50社、市内に20社程度あるが、県内で3番目の業歴を誇っていることも当社の信用に繋がっている。

 同社では、お客様の信頼を勝ち取るために、①親切で丁寧なサービス、②同業者とは違うやり方を考え、手抜きのない仕事を常に提供することをモットーに経営している。社員には、基本を教えた後、個人の作業方法を工夫させ、細部まで手を抜かない仕事をするよう徹底している。
 薬剤散布は、業界で規定された範囲だけでなく、長年の勘を活かして徹底的に行う。風呂場、炊事場、軒下や直接被害が出ている周りの壁など、丁寧な仕事をすると、薬剤の量も増え、作業時間も余分にかかるが手を抜かない。40年を超える当社の経験と実績で得た信頼を裏切るわけにはいかないからだ。

 作業内容の良し悪しは、お客様にはすぐにはわからない。しかし、手抜きのない、しっかりした仕事をすることで次の害虫の発生率が全く違ってくる。「業者を選ぶ際には、何社かの見積もりをとり値引き交渉をするだけではなく、目に見えない技術を提供するのだから、丁寧な対応なのか、顧客の評判はどうかなど、中身を充分納得してから、慎重に選んでほしい」と幸雄会長はいう。
 また、この仕事は一人前になるには通常15年ぐらいかかるが、結局、技能の習得は、いかに早く仕事を身につけてやろうという気持ちに左右される。幸雄会長も独立を目指していた頃は、仕事を覚えるため、1日50軒、70軒と平気で作業をこなしてきたという。社員に対しては、技能と併せ、やる気を引き出す指導を心がけている。

 阪神淡路大震災では、事業所が全壊し、機材を保管する倉庫を確保するために一時的に三木市へ移ったが、ずっと愛着のある(ミナト)神戸を離れることは頭になく、できるだけ早く戻りたかった。震災時は他府県からの応援消防隊の詰め所のトイレ消毒、衛生処理に従事し、できる範囲は無料で対応した。車が使えなかったため、三木からタンクを提げ、西宮の詰め所まで自転車で通ったこともあるという。

 また、建てたばかりの新築住宅なのにお客様から念のために調べてほしいと依頼を受けたことがある。現場に行ってみると、これはおかしいと感じた。「もし、判断が間違って正常な状態なら自分が修理費用を持つから」と、その家を建てた大工さん立ち会いの下、壁を剥がして確認したところ、やはり、シロアリの被害を受けており、壁の中が空洞になっていた。大工さんは渋い顔をしていたが、お客様からは、大変感謝された。作業員の服装や親切な対応が良かったと、協会にお礼の電話をもらったり、過去に仕事をした官公庁から、他部署を紹介していただくこともある。うまくいって当たり前の自分達の仕事が評価され、とてもありがたいことだと感謝している。
 同社の社名には「ミナト」と「消毒」が付いており、社名、事業内容はわかりやすいが、同社の名前は、長年にわたって地域のお客様、官公庁に満足される仕事を積み重ねてきたことで地域に浸透している。

 近年は、南京虫、シロアリも減り、雑居ビルや地下等のゴキブリ、ねずみ、小バエ駆除の依頼が多い。また、個人、官公庁からだけではなく、町単位で自治会からも蚊の一斉駆除等の依頼がある。広範囲の害虫駆除は効率的でとても効果が大きいのでお勧めしたい。
 また、輸入木材等から、新種(外来種)も入ってくるので、大学の研究者の指導も受けながら、害虫ごとの生態を勉強し、それに合う薬剤、機材等を検討している。実際の駆除作業方法は業者が考えて実施するので、経験を積んでいくと我々業者の方が研究者より詳しくなる部分も出てくるため、大学との連携は相互にとってとても有意義であると思っている。

 4年前に事業を譲り受けた社長の辰巳功洋氏は、学校を卒業後、4年間は他業種で勤めていたが、父がやっている仕事をやりたいと考え、平成元年に入社した。「床下、天井裏等、暑く暗く汚いところに入って真っ黒になる仕事だが、一生懸命この仕事をやって潰さずに息子に継がせたい。父から引き継いだ会社を自分の息子が継いでくれるのが夢だ」と若き後継者である功洋社長は語る。地味な仕事だが、衛生的で美しい神戸のため、今日も害虫との戦いは続く。

(経営指導員 納田秀史)