No.28

2012-08-07

鉄板焼・ステーキ工房西村家

代表者
西村裕一郎
創業
1969年
業種
飲食店(ステーキハウス・焼肉)
住所
神戸市垂水区宮本町1-28
電話
078-707-2941
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牛を知り尽くした店主が提供する肉料理の極み

 創業は昭和44年、先代の西村富栄氏が行商をしながら、垂水区に主にホルモン肉を取り扱う一坪のお店を構えた。
 先代が生まれ育った沖永良部島は、年間を通して温暖な気候に恵まれており、農牧業が盛んであった。特に、同島では牛と共に暮らす畜産農家が多く、本土に渡って食肉業界で名を上げる者も多かった。

 先代は、島と神戸の工場を行き来する出稼ぎ生活を続けてきたが、2代目となる裕一郎氏が生まれたのを機に、安定した生活基盤を確立すべく、同郷の先人を頼りに食肉業界で起業することを決意した。
 業界の知識や経験が全く無い先代は、先達に教えを請いながら、仕入の目利きから肉の捌き方まで貪欲に習得していった。

 当時、垂水区では行政主導のベッドタウン開発が進み、人口が急速に増加していた。まだ、大型スーパーも本格的に進出しておらず、商機を見出した先代が、同区の滝の市場に出店すると、売上は一気に跳ね上がった。裕一郎氏は、「市場内に人が溢れかえり、姉と一緒に商品を並べると、次から次へと飛ぶように売れた」と当時の盛況ぶりを思い起こす。

 好調な業況が続く一方、先代は小売と卸売だけでは頭打ちになると将来を見越し、昭和62年に高級志向のステーキハウス、平成4年に庶民的な焼肉店を垂水区内に相次いで開店し、事業の多角化に着手した。

 裕一郎氏は、「バブル期に飲食店を副業的に始める同業者はいたが、先代は売上の柱となる事業に育てるべく、自分の目が行き届く範囲に出店し、飲食事業に本腰を入れて取り組んだ。現在の売上は、飲食部門が七割近くを稼ぎ出している」と先代の経営手腕に目を見張る。

 2代目の裕一郎氏は、幼い頃より父に連れられ、仕入のため三重県や宮崎県の牛舎を訪れるうちに、畜産に対する興味を持つようになった。その後、父の勧めもあり、県内の農業高校に進学し、丹念に牛を飼育しながら、生態の特徴を学んでいった。
 卒業後、さらに詳しく食肉の知識を深めたいと考え、茨城県土浦市の竹岸食肉専門学校に入学した。同校では、大手スーパーの社員と共に、栄養学や経営学など幅広い知識を一年間で徹底的に叩き込まれた。

 その後、神戸の有名な精肉店で修行を積み、21歳で家業の精肉店を手伝い始めると、間近で父の熟練された技術と確かな仕入の目利きを学びながら、着実に後継者としての技量を身につけ始めた。

 先代からようやく一人前として力量を認められると、売上が低迷し始めていた飲食店の店長として、その再建を託された。裕一郎氏は、「小売や卸と異なり、飲食店だからこそ提供出来る価値を無我夢中で考え続けた」と振り返る。

 メニューの見直しや接客の改善など、試行錯誤を重ね、苦しみぬいた末、ようやく売上が徐々に上向き始め、「お客様が喜ぶサービスをすると必ず結果として帰ってくる」ことを実感した。「父は、敢えて逆境を経験させて、後継者としての器量を試していた」と修練を重ねた日々を思い起こす。平成10年に父が亡くなると、29歳の若さで事業を引き継ぐことになった。

 地域住民に愛される飲食店の条件として、お客さんの期待を上回る価値を提供し続ける必要性を挙げる。
 「お客さんが喜んで認めてくれてこそ、お店に価値が生まれる。損得勘定を抜きにして、厳選した肉を手頃な価格で提供してきた」と語気を強める。接客時には、お客さんの輪の中に飛び込み、隣に座って食べ方を指南することもあるという。

 「最も美味しい状態で食べてくれるのを間近で眺めるのは、店主として最高の喜びでもある」と屈託のない笑顔を見せる。顧客との触れ合いを楽しみながら、直営店の強みである肉質の良さを伝える接客が、店舗の魅力を確実に高めてきた。

 同店は、精肉店の直営であることを活かし、地域でも随一と評される肉質を誇る。「肉質の良し悪しは、毛並みや眼の輝き、口の大きさで判断できる。枝肉の脂を見れば、どんな生育環境で育ったか分かる」と牛を知り尽くした店主の確かな目利きを語る。

 口の中で綿雪のようにとろける極上の肉は、指で触ると体温で溶け始めるという。「融点の低い肉質を見極めることは難しく、納得のいく仕入が出来るまで5年を要した。年齢を重ねるごとに、自然と父と似た基準で牛を選んでいる」と微笑む。

 また、一頭買いした牛を部分肉に処理加工し、肉質の状態を見定めながら、小売と卸、飲食店に最も適した部位を無駄なく提供している。
 「一頭買いした牛を各店舗で効率良く使えるので、お客さんに価格面でも還元できる。全ての処理工程に目を光らせており、安全な肉だと顧客からも評価を得ている」と老舗の精肉店が持つ強みに胸を張る。

 長引く不況とデフレの進行により、家計に占める外食費の割合は年々低下している。また、大手チェーン店の圧倒的な資本力と激烈な価格攻勢に晒され、小さな飲食店は過酷な経営環境に立たされている。
 
 裕一郎氏は、「確かに消費の落ち込みや競争は厳しいが、周囲の状況は気にならない。長年、安全で上質な肉を提供してきた信頼を守り続ければ、常連客は簡単には離れない」と確信する。

 先代から再三言われ続けた「牛の涎(よだれ)のような商売をせよ」という言葉を今でも心の支えにしており、目先の利益に捉われず、苦境に直面しても牛の涎のように落ちそうで落ちない“息の長い商売”を継承していく。

 厳しい時代の荒波に対峙しながら、先代の教えを頑なに守り続ける2代目に、牛と共に人生を歩んできた「玄人」の誇りを感じた。
 肉を知り尽くし、サービス精神旺盛な若い店主が提供する牛肉の味は、今日も格別だ。

(経営指導員 髙森良明)