No.27

2012-08-07

金時

代表者
藤後博一
創業
1968年
業種
食堂(カツ丼、うどん、そば)
住所
神戸市須磨区飛松町2-1-19
電話
078-732-2840
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味と真心を家族で提供する店

代表の博一氏は1968年、28歳のときに現店舗の近くにあった5坪ほどの小さな店舗を購入し、妻・文子氏とふたりでうどん屋を開業した。それまでは、約10年間、長距離トラックのドライバーをしていたが、もし交通事故にでも遭えば家族を路頭に迷わせてしまうとの思いと、開業当時2歳だった息子の相手をせめて夜だけでもしてやりたいという思いから、昼間の商売であるうどん屋を選んだ。

開業を決めたものの、うどんに関しては、ずぶの素人。厨房機器を購入した業者から紹介してもらった元うどん屋の職人から、出汁のとり方など、調理方法の「いろは」から教えてもらった。一日でも早く開業したいと考えていたので、講習期間は一週間だけと決め、朝から晩まで一日中、厨房に立ち続けた。
メニューと作業手順を書いた紙を頼りに、気力、体力とも目一杯使い集中して覚えていったため、ひと通りの技術は習得したが、一週間で頬はこけ、体重は10キロも落ちたという。

開業後は定休日を設けずに営業を続け、特別に月に1、2日だけ店を休み、家族サービスに充てた。その甲斐あって、店は軌道に乗り、ふたりの息子は真面目に優しく育ち、小学校の高学年になると店の裏手で洗い物などを手伝ってくれるようになったという。
長男・敦士氏は高校卒業後、当店を継ぐことを念頭に有馬のホテルに就職。料飲部門で修業の後、区画整理による現在地(板宿新町商店街)への店舗移転を機に、後継者として戻ってきた。移転により、店舗面積は約2倍の10坪になった。

「父が築いてくれていた店と味とお客さんがあったからこそ、この店に戻ってくることができました。しかし、親の世代は、『飲食店は味が一番』という思いが強い。職人的で、美味しいものさえ作っていればお客さんは当然来ていただけるという印象。将来を見据え、生き残っていくためには、味だけではなく、サービスに重点を置き、お客さんを大事にする商売人にならないといけないと思った」と敦士氏は当時を振り返る。

息子が店に戻り、忙しい日々が続くなか、阪神淡路大震災が起きる。幸いにして、震災以前に古くなった店舗兼住宅を建て替えていたため、周辺店舗が全壊するなか、当店は何とか半壊で止まった。震災後は、都市ガスが止まっていたのでプロパンガスと電気釜をふたつ用意し、割れずに残ったどんぶり鉢と新たに買い足した器を使い、1週間ほどで商売を再開することができた。

震災から2年ほどは、近隣の住民以外に工事現場で働く人も多く来店し、毎日ご飯を一斗炊くほど繁盛した。たくさんあった周辺の文化住宅が地震で潰れて無くなり、ご近所から来店していただいていた年配のお客さんが減ったが、ニュータウンなどに移ったお客さんがわざわざ食べに来てくれたときは、涙が出るほど嬉しかったという。

家族で店を切り回す当店は、家族三人の役割分担がきっちりと敷かれている。博一氏は、調理と出汁の担当。特に、出汁に関しては、まだ息子には任せることはできないと言い、長年取引をしている卸業者から仕入れた、みりん、昆布、鰹節、鯖節、うるめの丸干し等を使い、昔ながらの独自の方法により、芳醇かつまろやかな出汁を作りあげる。
「出汁にはこだわっています。昔風の風味ある昆布がきいた出汁は、創業時のままです。どの料理も出汁がおいしいと評判です」博一氏は自信ある笑顔で語る。

当店自慢の人気メニュー「カツ丼」は、文子氏が担当。豚肉を玉ねぎ、人参、サラダ油の入った自家製ダレにひと晩漬け込むことにより、やわらかく甘味のあるトンカツに仕上がる。あっさりとした味でしつこくなく、お年寄りでも食べることができる。また、この「カツ丼」は、近所の高校生のファンも多く、板宿で一番うまいと好評である。
このレシピは、敦士氏がイタリア料理店で修業していた際に学び、取り入れたもの。「カツ丼の仕込みに12時間もかけているのはウチぐらいではないですか」敦士氏は笑う。

敦士氏は麺打ちを担当する。以前は、製麺所から仕入れていたが、太くコシのある讃岐麺は、高齢のお客さんが多いこの街のニーズに合わなかったという。試作を重ねた結果、細くて食べやすい讃岐麺を自家製で提供できるようになった。お客からの評判も上々だ。

「出汁もカツ丼もうどんも、大手チェーン店では食べることができない家族がつくる当店のオリジナルです。味には自信があります。でも味だけではダメ。お客さんとのコミュニケーションも大事にしていきたい。お客様を想う気持ちの量が、継続的な来店につながると思っています」と敦士氏は表情を引き締める。
来店客との自然な対話を心がけ、馴染み客の好みはもちろん、苦手な食材は控えるという心配りも欠かさない。「お客様への感謝の気持ちは、絶えず持っています。お客様との会話や『ごちそうさま』という一言が、商売の励みになります」博一氏も続ける。

昔ながらの食堂として、お客さんとの対話が絶える事がない金時食堂。「温かい心で迎えるからこそ、『ごちそうさん』、『ありがとう』という、マニュアルではない言葉のキャッチボールができます。これからも、お客さんに気持ちよく通ってもらえる店を目指していきます」と語る敦士氏は、既に2代目の顔つきだ。

味と真心を家族で提供する金時食堂の歴史は、今日も刻まれていく。

(経営指導員 納田秀史)