No.5

2011-08-31

尾賀珈琲商事社

代表者
尾上露子
創業
1946年
業種
珈琲卸売・小売、喫茶店
住所
神戸市東灘区本山中町4-2-9
電話
078-453-0707
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“人の輪”に支えられる手づくり焙煎珈琲

戦後間もない1946年(昭和21年)、本店マスターである尾上勝則さんの祖父にあたる尾上賀勇(おのえよしお)氏が、東灘区本山で創業したのが始まり。創業者である尾上賀勇氏は、起業家精神が旺盛で、タクシー会社を起業。その後、個人商社に近い形で、御用聞きビジネスを始め、取扱商品の中から、「コーヒー」に出会った。港町神戸では、古くから多くの珈琲会社が生まれ、卸売を行っていたが、アメリカ進駐軍から仕入れたコーヒーを外国人や富裕層に販売する小売ビジネスを神戸で初めて開始した。当時、親交のあった某珈琲会社社長から教えを受けながら、焙煎技術やブレンド方法について研究を重ね、独自のものを創り上げていった。
店内には、当時から使われている存在感たっぷりのロースターや珈琲豆の販売コーナーもあり、珈琲好きにはたまらない雰囲気が漂う。

「コーヒーの味の決め手は焙煎にあると言っても過言ではない」、創業当時から、徹底した豆の選別と、職人の熟練技術による手づくり焙煎にこだわる。焙煎は、尾上氏の伯父が担当。季節によって苦味の感じ方が変わるため、夏場と冬場で焙煎時間を調整している。時には、お客からの声にも耳を傾け、焙煎時間を変えるなど、顧客第一のモノづくりを忘れない。また、当社では、一種類毎の生豆を別々に焙煎し、その後ブレンドする「イギリス式・後ブレンド」方法を採用している。コーヒーのブレンド方法は、「アメリカ式・先ブレンド」と「イギリス式・後ブレンド」の2通りがある。生豆の時点でブレンドしたものを一括して焙煎する「先ブレンド方式」は、効率的でコストが抑えられ、見た目も良いが、味の幅が広がらない。一方で、「後ブレンド方式」は、焙煎回数が増えるために手間がかかり、豆の色にもムラが出てしまうが、各品種の豆本来の優れた風味を引き出すことが出来る。

尾上氏は「創業者である祖父は、頑固一徹な性格で、おいしいコーヒーを作るためには妥協を許さない、まさに「珈琲職人」でした。祖父から代々受け継がれてきた伝統の手づくり焙煎は、今後も変わらず守り続けていきたい」と語る。また、「同じ種類でも、コーヒーのたて方によって味が変わる。店で出すコーヒーは、調節可能なエスプレッソマシーンを使用しているのが特徴で、本来のブレンドの味を引き立たせ、飲みやすく仕上げている」と、店独自の創意工夫を凝らしている。
コーヒーとともに、店で出すランチにもこだわっている。尾上氏の奥様が腕を振るうランチは、仕込みから調理まで手作りで、使う食材も無添加・国産にこだわり、多くのお客を魅了している。また、尾上氏本人の「昔懐かしい分厚いホットケーキが食べたい」という想いが詰まったボリューム満点のホットケーキは、人気スイーツの一つ。これを目当てに、店舗の近くに寮がある神戸製鋼ラグビー部の選手達も、頻繁に訪れているという。

「人は一人では何も出来ません。長く人と接する商売している中で、地域のお客様や家族、友人など多くの方との出会いに感謝しながら、“人の輪”を一番大切にしています」と尾上氏。16年前の阪神・淡路大震災で被害を受けた当時、取引先やお客様など、多くの方々からの励ましや支援を受け、人のやさしさを実感したという。「自分は、人が大好きで、震災で人にやさしくしてもらった分、人にやさしくしてあげたい」と、満面の笑みを浮かべる。その一方で、新たなビジネスの話で信頼していた人に裏切られるという、厳しい現実に直面したこともあった。尾上氏は、「老舗を引き継ぐというプレッシャーもあり、コーヒー以外の新しい分野を見出そうとして失敗した。この経験を糧に、原点に立ち返り、人と接することが好きな自分にはこれしかないと、他のビジネスに手を拡げることなく本業を全うする決意を固めた」と、当時を振り返る。

地域に根付く老舗店舗として、創業から65年間、多くの地元客から支持され続け、来店客の8割は近隣住民が占めている。中には、親子3代に渡って通い続けている常連客もおり、「神戸を離れた家族のために、ここの珈琲を贈ってほしい」というリクエストにも応えている。また、毎日のように来店する84歳のご婦人もおられる。「店に顔を出さない日があれば、心配で自宅へ確認に行ったり、家電の調子が悪いと言われれば修理をしたり、家族同然の付き合いです」。チェーン店では真似が出来ない、地域に密着した店ならではの“人の繋がり”がこの店を支えている。

人の輪を大切にする尾上氏にとって忘れられない貴重な体験がある。阪神・淡路大震災の復興イベントに出展、全て手作りで挑戦した。「個人事業で参加したのは当社ぐらいで、場違いな感じがあった」と、振り返る。会場には同業大手も多数参加していたにも関わらず、用意したコーヒー180㎏が2日間で完売、大好評だった。尾上氏は「誠心誠意、気持ちを込めて手作りの良さをアピールしたプロモーションが功を奏し、自信に繋がった。これも、家族や友人の協力を得たから出来たこと」と、常に感謝の気持ちを忘れない。
現在も、「神戸で商売をしている」という誇りを示すため、店頭に並ぶ全てのコーヒーの種類に「神戸」をつけ、神戸の珈琲専門店としてのプライドと気概を発信している。

「何事にも、勇気を持ってチャレンジすること」がモットーの尾上氏。震災を経験し、老舗という重圧感を感じながらも、勇気を持って自分の思う通りに進んでいこうと、前向きに気持ちを切り替えた。祖父から受け継いだ店を船に例えて、「祖父が“船”を造り、その“船”を改良したのが、父親。その“船”をさらに改良し、外海に出すのが自分の役目」と、進むべき方向をしっかりと見据えている。大手コーヒーチェーン店の参入など市場環境の変化についても「若い年代層に新たなスタイルを提供し、珈琲愛好家を増やしてくれた」と前向きに受け止める。その上で、今後の展開について「個人経営の喫茶店は、決してなくなることは無い。当社の強みは、地域密着。コミュニティの中にコーヒーを提供することを目指し、これからも人との繋がりを大切にしたお店を作っていきたい」と語る。将来的には、小規模のコーヒースタンドや、高齢者の安否確認を兼ねた宅配サービスなど、地域貢献への取り組みにも意欲的だ。人との繋がりや“絆”を大切にしてきた当社ならではの今後の取り組みに期待したい。

常に感謝の気持ちを忘れず、笑顔を絶やさない尾上ご夫妻の人柄で、店内はやさしい雰囲気で満たされている。“人に対するやさしさ”が、愛され続けてきた理由の一つである。

(インタビュー応対:本店マスター 尾上勝則氏)

(経営指導員 小林和弘)