No.8

2011-08-31

大鯛寿し(2014年閉店)

代表者
國中千草
創業
1970年
業種
寿し・会席・鍋物
住所
神戸市長田区房王寺町7-2-10
電話
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「心と心の付き合い」~接客は、お客さんとの元気のやり取り~

「常連客からの空き店舗紹介で独立」
大阪万博が開催された1970年、当時、神戸駅近くの寿司店で働いていた國中氏の夫(茂さん)が、常連だった工務店の社長から、同社が改修した物件でいい店舗があるからと独立を強く勧められ、現在の場所にカウンター8席のみの店を構えたのがはじまりである。
夫は、15、6歳の頃からこの世界に入り姫路の寿司店でも勤務するなど、修行歴は10年近くあったとはいえ、ずっと独立するか迷っていた。結局、背中を押したのは、國中氏である。潤沢なお金があったわけでなく店をオープンさせたので、だんだん人を雇う余裕がなくなってきた。そのため、専業主婦をしていた國中氏は、急遽、人件費節約のため子供を連れて店を手伝うこととなった。
念願の店がオープンすると、これまで優しかった夫は、店では「怖い寿司職人」に変身し、飲食店の仕事は初めてで右も左もわからない國中氏は、その厳しい指導に独立を勧めたことを何度も後悔したそうである。

高度経済成長期の終盤に、立地の調査などせず、ただ常連客からの誘いにより構えた店であったにも関わらず、夫婦の努力に比例してお客さんも順調に増えてきて、混んでいる時間帯には注文中を示す伝票がカウンター内の上部一杯に貼られるくらいに盛況となった。家族を少しでも楽にしたいと考えた夫は、寿司を握る合間に出前するという営業形態をとり1時間以上の待ちが出ることもざらであった。ほとんどの常連客は寛容で気の長い人が多く、店先やカウンターで話をしたりビールを飲みながら気長に夫の帰りを待ってくれていたそうである。たまには怒られたが、今になって思えば、お客さんに随分育てていただいた。

「鮮度と手間をかけた仕込み」
震災直後はとても忙しかったので、西宮市の会社に勤務していた次女のひろ子氏が会社を辞めてサービス部門を手伝うことになった。平成19年からは、夫の急逝により國中氏が寿司を握ることになり、現在では二人で店を守っている。
開業以来、全て新鮮な素材を手間をかけて仕込んだネタを常時16~17種類を揃えていて、玉子も自家製、小鉢等もお袋の味だと好評である。手が遅いからだと謙遜されるが、國中氏の代になってからはランチ営業をやめ、夜の営業に絞ったのは、夫婦でやっていた時の仕込みのレベルを維持するためである。時間と手間をかけた寿司であるが、値段は大衆価格で、安心して本格的な寿司を食べることができる。

「心と心の付き合い」
店は神戸電鉄長田駅に近いが決して立地が良いとは言えず、特に宣伝をしているわけでもない小さな寿司店であるが、灘区や垂水区、西区など遠方からの常連客に支えられている。
また、女性だけで経営する店は、やはり居心地がいいのか、年々、女性客が増えている。やさしい雰囲気に包まれた店内での國中氏親子との会話も寿司以上に魅力的なのであろう。

震災で店も大きな被害を受けガスと水道が止まったが、すぐ近くに給水所ができ、幸い店のショーケースが使え、中央卸売市場も震災直後から営業を再開していたので、2月上旬にプロパンガスで営業を再開した。神戸電鉄も被害を受け、長田駅が終点となっていたこともあって、リュックを背負って通勤している人が大挙して店を訪れた。
当時アルバイトとして雇っていた男性が水汲み専属になるほど給水作業に尽力してくれたおかげで、非常時の営業をどうにか維持することができた。通常のメニューを値下げして提供すると、多くのお客さんに感謝の言葉をいただき、こんなに喜んでもらえるのは寿司屋冥利に尽きると、励みになって苦難も乗り越えられたそうである。

また、団体客の予約を受ける際には、目一杯のサービスが提供できるようにあまり多くの予約を受けず、席に余裕があっても貸切営業にする事もある。お客様の好みなどの要望を優先してその日のお薦めメニューを提案し、気持もお腹も満たしてもらう。最近の店は、「いかに多くのお客さんを店に入れるか」、「いかに原価率を下げて利益を出すか」という事に走ってしまう風潮があるが、國中氏は、売り上げは二の次、お客さんにどれだけ喜んでもらえるかを大切にしている。たった一人で握っているので、お客さんをできるだけ待たせたくない、一人ひとりのお客さんの食べる様子を見ながら仕事をしたいという配慮なのである。

「信頼と感謝」
「創業以来のやり方、今まで培ってきた舌(味)を大切にしている。また、奇抜なものはお客さんも望んでいない。ただ目の前のお客さんにいかに満足してもらうかしか考えていない。今、一生懸命できることをやり、そのまんまぶつけていったら、ちゃんと、お客さんは、応えてくれるということはどんな時代でも言えることである。」と國中氏は語る。

(経営指導員 納田秀史)