No.9

2011-09-05

たるや竹十 西北商店

代表者
西北八島
創業
1819年
業種
樽製造業
住所
神戸市灘区大石南町1-2-13
電話
078-861-8717
ホームページ
http://www.taruya.com/
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ネットに活路を開く~吉野杉香る 伝統の樽職人~

 酒蔵の地・神戸市灘区にある、樽製造業「たるや竹十・西北商店」
 大桶製造業として創業したのは、灘酒が全盛期を迎えた文政2年(1819年)のことである。幕末に入り、樽材料問屋及び酒樽製造を始め、200年にわたり樽を作り続けている。当時は、造り酒屋を頂点に、幅広い産業が集積しており、灘五郷だけで200軒以上の製樽関連業者があったという。
 歴史を感じさせる木造の店内は、樽の材料が山積みで、製作中の酒樽や修理を待つ樽が、天井近くまで積み上げられている。通路の一番奥にある「見世」という台の上で、樽と向き合う職人の姿は真剣そのもので、200年前と変わらない職人の技を、今でも見ることが出来る。

 昭和48年に祖父が急逝し、創業から数えて8代目を継いだのが、店主の西北八島(にしきたやしま)氏。西北氏が経営を引き継いだ当時は、20人以上の樽職人を雇い、一日に4斗樽を100個以上作っても注文に追い付かない程で、職場は活況を呈していた。酒樽は、式典やパーティでの鏡開き、歳暮や結婚披露宴、祭礼時のふるまい酒など、日本人の生活習慣に欠かせないものだった。
 「材料は、吉野杉の中でも最上級の奈良県吉野郡川上村産のみを使っています。酒樽は、吉野の杉でないと駄目。独特の香りと色つやが、他の杉とは全く違います」と材料に対して一切妥協を許さない。しかしながら、「残念なことに、近年、吉野杉以外の安価な杉を使った酒樽が多く流通し始めている。これでは、酒の味が落ちてしまい、本物の酒樽の美味しさを味わうことが出来ない」と西北氏は警鐘を鳴らす。

 西北商店の特色は、吉野杉だけではない。樽の底やフタにも化学的な接着剤を全く使わず、竹釘で継ぐ江戸時代の製法で日々樽を作り続けているが、今、同様の伝統技法で作っている樽屋は、国内にほとんど存在しないという。

「樽作りを通じて、100年単位で物事を考えるようになりました」と西北氏。
 樽に使用する吉野杉は、樹齢100年前後。今は、明治から大正時代に植林された吉野杉を使っている。苗木から成長し、伐採を経て樽の材料になるまでには、途方もない長い時間を待たなければならず、「自分の一生を基準とするのではなく、木が成長する長いサイクルの中で、自分達が生きていることを意識している。今、使っている杉は100年前に先達が植え、世代を超えて丹念に育ててきたもの。我々も100年先を見据えて、今後のあり方を考えている」と時代を超えたモノ作りの精神が、新たな価値を創造していく。
 また、業界内では、今でも、長さの単位として「尺」が使われている。「尺の代わりにセンチを用いて樽を作ることはできない。尺には、日本人ならではの美意識が感じられる」と西北氏。
 100年ものの杉を、金釘を打たずに全て手作りで仕上げる。ややもすれば、機械化・大量生産といった効率化に流されがちな時代の中で、江戸時代と変わらぬ製造技法を守り続ける姿に、樽職人としての気概と誇りが感じられる。

 清酒消費量のピークは、昭和50年頃。その頃を境にして、下降線を描いているが、樽酒の受注量が大きく減少したのは、昭和60年代後半という。バブル期前後から、パーティや式典での乾杯は、ビールやシャンパンが主流になり、酒樽での鏡開きもめっきり少なくなった。酒樽需要の減少に加え、後継者不足もあり、全国で製樽所の廃業が相次いだ。現在では、その数は全国で10軒に満たないという。厳しい経営環境の中、転機をもたらしたのは、酒樽以外の木製樽の需要を見出したことだった。

「良い漬物樽は50年近くもちます。上質な漬物樽で作る漬け物は、ほとんど失敗が無く本当に美味しくでき上がります。プラスチック製容器や接着剤を使用した樽で作るものとは、全く味が違います。木が漬け物を美味しくしてくれるのです」と呼吸する木の容器の良さを語る。こうしたニーズに応えるべく、平成15年頃から、ウェブサイトを開設し、ネット販売をスタートさせた。年を追うごとに注文が増え、今では、全国各地の個人から店舗内装業者のみならず、海外からの引き合いも相次いでいる。
 現在製作している樽は、酒樽の他に、漬物樽や味噌樽、植木用の鉢から、店舗用ディスプレイ樽、小学校や全国各地の祭りで使う樽太鼓など多種多様で、新たな樽の可能性を広げている。
 「ネット販売の効用で、手仕事の良さを記憶している60歳以上の方や、手作り樽を新鮮でカッコいいと感じる20代の方からの注文も増えて来ました。少し遅いですが、改めて日本文化の良さが見直されてきた気がします」

 西北商店の樽を使った顧客の満足度は、非常に高い。ネット販売による購入者から、毎日のように多くの礼状が届く。中には、樽のお礼にと樽で漬けた漬物や、地元の特産物を送ってくる人さえいるという。西北氏は「酒樽の良さを理解してくれる人が増え、手にした樽を見て喜んでもらえることが何より嬉しい」と笑みを浮かべる。一方で、「本当に良い樽を探している方の多くは、インターネットの環境に無いケースも多いはず」とインターネット以外の新たな情報発信も模索している。

 「『ビールは飲んだらあかん』といつも祖父に言い聞かされていました。この家訓を今でも守り続けています。日本人はお酒を飲みましょう」と西北氏。激変する環境変化の中で、頑なに伝統を継承してきた西北商店ならではの樽職人の心意気が伝わってくる。
 今後の西北商店にとって重要な課題は「後継者の育成」。過去に、樽作りに関心を持つ外国人就労者を雇用したこともあったが、今居る職人は、西北氏を含め2人のみ。2人で作ることができる樽の数にも限りがある。江戸時代から続く伝統技法を絶やしてはいけないという想いがある一方で、厳しい経営環境が続く同業界にあって、新たに職人を雇い入れるかどうか、模索中である。
 現在、製樽所の隣に、新たに店舗を併設する準備に取り掛かっている。店舗では、酒樽や味噌樽・漬物樽だけでなく、吉野杉が香る「割り箸」等の販売も予定。西北氏は「創業当時の考えを引継ぎ、吉野杉の樽を身近に感じてもらえるような商品を提案していきたい」と強い意欲を見せている。

(経営指導員 小林和弘)