No.16

2011-11-17

株式会社くにけん

代表者
矢作紀子
創業
1969年
業種
建築設計・施工
住所
神戸市垂水区舞子坂2丁目1番3号
電話
078-782-6364
大きい地図で見る

顧客と暮らしレベルで共感し、地域で愛される工務店へ

 創業は、昭和44年、先代の國下忠男氏が大阪の建設会社等で経験を積んだ後、1級建築士の資格を活かして、JR神戸駅近くで小さな工務店を始めた。その後、垂水区の世帯数が急増し始めた点に着目し、昭和52年、今日では閑静な住宅地となった現在地に事務所を構えた。
 先代は、建物の図面を設計するだけでなく、現場監督として経験豊富な大工と渡り合いながら、設計に従った正確な仕上がりを追求してきた。自分の眼で確認しながら、竣工まで責任を持つ堅実な仕事ぶりが評価され、新築戸建を中心に業績を順調に伸ばしていった。

 2代目の矢作(旧姓・國下)紀子氏は、「事業が軌道に乗ると忙しくなり、父から仕事を手伝って欲しいと頼まれ、22歳で入社すると主に経理を任された」と家業に関わり始めた経緯を語る。当初は、社内の事務作業が中心であったが、先代に経営を学びながら、徐々に顧客や取引先を一緒に訪問する機会が増え始めた。紀子氏は、「お互いに役割分担しながら充実していたが、経験豊富な父の意見に従いながらも、自分のアイデアやプランを実現したい気持ちが抑えられなくなってきた」と後継を決意した頃の心境を振り返った。平成15年、先代から40歳の若さで社長を引き継いだ。

 「人生の中で家を建て、リフォームをする機会は限られている。家づくりの過程をお客様と一緒に楽しみたい」と紀子氏は微笑む。理想の家づくりには、顧客との徹底した対話が不可欠だと考えており、日々の暮らしぶりを丁寧に聞くことで提案のヒントやアイデアに活かしている。家族の一員になったつもりで、顧客が抱える希望や不安を共に感じ、共に悩みながら、プランを練り上げ、提案する。「お客様と“暮らしレベルで共感すること”が何より大切、それを経て、初めて真の顧客満足に繋がる仕事が出来る」と紀子氏は語る。

  顧客が生活する場である住まいには、心地良さと癒しが必要だと考えており、上質な桧(ひのき)を紀州(三重県)の山林から直接仕入れるなど、建築素材に徹底したこだわりを持つ。
 シックハウス症候群が問題になり始めた頃、ドイツの自然塗料メーカーAURO(アウロ)社のセミナーで紹介された桧の大黒柱に魅了された。桧は、香りや風合いなど、五感を通して安らぎと癒しを与えるだけでなく、建物全体の湿度を調整する性質を備えている。「上質な桧こそ、気候の変化が激しい日本の風土に最適な素材」とその価値を再認識した。これを契機に、自然素材の良さを伝えるため、桧を活用した生活空間を提案する“エコルーム”を開設するだけでなく、桧の産地である紀州の山林を一緒に訪れて体験するツアーも実施してきた。

  紀子氏は、地域や顧客との“関係づくり”を優先して取り組んできた。「遠くの家族より近くの“くにけん”」は地域密着を貫く同社のモットーである。地域住民を対象に住まいの情報を提供する「くにけん新聞」(1万部)を発行するなど、現在も、地域内での認知度向上に努めている。
 また、紀子氏は「万が一、住宅に不具合が発生すれば、直ちに現場に駆けつけて対応する」と身近な工務店の役割を強調する。さらに、顧客からの要請があれば、どんな細かな手直しや修繕にも快く対応しており、簡単な工事であれば無償で対応するケースも少なくない。「些細なことでも気軽に相談して頂ける関係が大切、地域にお役立ちできる存在でありたい」と語る。
 こうした紀子氏の経営姿勢と“桧の温もり”に惹かれた顧客の輪が広がり、集う機会も多い。そんな折、ある顧客が、自分達を“くにけんファミリー”と命名したという。紀子氏はこの言葉にいたく感動し、現在も大切に使っている。

  長引く住宅不況により、住宅着工件数は低迷し、中小工務店の淘汰が進んでいる。圧倒的な宣伝力で攻勢を仕掛ける大手ハウスメーカーの脅威だけでなく、安価なリフォームを売りにする異業種の大手資本が参入するなど、競争は激化の一途をたどっている。加えて、耐震偽装問題や欠陥住宅のトラブルなど、消費者が住宅業界に向ける視線は、なお厳しい。
 こうした過酷な経営環境の中、紀子氏は、事業領域を新築戸建てからリフォーム工事に幅を広げると同時に、これまで通り、顧客目線での提案力に磨きをかけ、顧客からの信頼獲得の強化に活路を求める。

 「価格競争は気にならない。今までと変わらずお客様との対話を積み重ね、最適な住まいづくりを提案していきたい」・・力強く語るその横顔に、顧客密着で小さなエリアを守り続け、地域住民に愛される工務店として存在感を発揮してきた同社ならではの揺るぎない信念を感じた。

(経営指導員 高森良明)