No.35

2012-12-25

新装工業株式会社

代表者
田中 忍
創業
1980年
業種
総合建設業
住所
神戸市須磨区天神1-1-9
電話
078-737-3400
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建設会社の屋台骨は、研ぎ澄まされた技術力

〔創業の経緯〕
創業は1980年、長田区で戦後間もなく設立された建設会社を経営していた橋本朝行取締役会長が、取引先で鋼製建具会社を経営する小林善孝取締役顧問に設立を呼び掛け、アルミニウム製建具の取り付け工事に特化した新装アルミ工業株式会社を立ち上げた。
創業者として初代社長を務めた橋本会長と共に同社を設立した小林顧問は、「会社規模の異なる複数の会社をグループ化し、小さな工事から大きな工事まで受注の間口を広げることで売上拡大を狙った」と振り返る。

同社は、関連会社ばかりでなく、官公庁や系列外の民間企業からも積極的に小口工事を請け負い、施工実績を着実に積み重ねていくことで業界内の信頼を獲得し始めた。「元請からの細かな要望に迅速に対応することにより、小回りの利く便利屋として重宝された」と小林顧問。86年には、直接請負工事を取り仕切る総合建設業を新たに目指し、社名を現在の新装工業株式会社に変更した。橋本会長から小林顧問に社長が引き継がれたのち、2004年にグループ建設会社から離れることになった。

「それまでは大きな船団の一員として活動してきたが、小さな船でも機動力を発揮すれば、自らの舵取りで新たな展開を生み出せる手応えを感じていた」と小林顧問はいう。グループから独立してからは、総合建設業と建具関連会社の名刺を使い分け、大手ゼネコンや官公庁、地元工務店の要望を丁寧に聴き取る地道な営業活動を展開し、一気に受注の幅と販路が広がり始めた。

小林顧問は、“社長業は10年ひと区切り”と考えており、橋本会長と相談の上、2007年、同社の母体となったグループ建設会社に技術職として勤務していた田中忍氏を社長に抜擢した。技術畑を歩んできた実直な性格だけでなく、50歳の若い発想力に新たな可能性を感じたという。

〔経営で一番大切にしているもの〕
田中社長は、“建設会社の屋台骨は技術力である”との信念を持っており、建設業に関わる公的資格を有する人材を積極的に求めた。「従業員はわずか5名だが、一級建築士や一級建築施工管理技士などの難度の高い資格を大半の社員が有している」と微笑む。小林顧問から「死ぬまで勉強、死ぬまで努力」という教えを頑なに受け継いでおり、常に新しい知識の習得と技術の研鑽を続けるよう従業員への指導を怠ることはない。

優秀な人材を組織するだけでなく、従業員の得意な分野と適正能力を見極め、現場の特性に応じた人材を配置するよう心掛けている。田中社長は「資格取得がゴールではなく、資格を如何に業務に活用していくのかを導くのが社長の役割である」と表情を引き締める。2000年一般建設業より厳しい要件が課せられる特定建設業許可を取得。元請として大規模な工事一式を受け、金額の大小に関わらず外注が可能になった。しかしながら、外注の多用により規模の拡大を安易に追うのではなく、あくまで自社の技術力で勝負していくとの姿勢を貫いている。

「闇雲に外注化を進めたかった訳ではなく、高い技術力に対する評価と顧客の安心感を得るには、小さな企業でもキラリと光る客観的な物差しを示す必要性を感じて取得に踏み切った」と語る。

〔震災復興で感じた使命〕
1996年、神戸の美しい街並みを一変させた阪神・淡路大震災では、瓦礫の山を目の前に建設業界が果たすべき役割を考えさせられたという。同社は、震災直後から公営住宅の復興メンテナンスに邁進し、一時期は復興住宅の関連工事が売上全体の8割を超えていた。小林氏は、「地元に育てられた会社という自負があり、街に恩返しをしなくてはとの使命感に突き動かされた。単価の厳しい仕事も数量を増やしてカバーするなど、目の前の復旧作業に無我夢中で取り組んだ」と当時の様子を振り返る。

震災復興を機に、同社は事業を順調に拡大。98年には、景勝地である須磨区に自社ビルを購入するまでになった。目先の欲に惑わされることなく、社会に役立つ会社で在りたいとの姿勢を貫き通した結果、自ずと売上に繋がっていったという。

〔今後の展開について〕
長引く建設不況の影響だけでなく、公共工事が随意契約から入札制度に切り替わって以来、入札競争の激化で受注単価の下落が進み、業界全体として厳しい状況が続いている。田中社長は、「長い付き合いの同業者が消えていく寂しさを感じると共に、当社のような小さな会社は景気の波に浚われる危機感を常に感じている」と表情を引き締める。

特定建設業許可を活かして、元請工事を積極的に獲得して売上増大を狙う戦略も頭をよぎるが、元請工事の割合が高くなると、外注作業の管理や労災保険等の費用負担も増える。一方で、下請工事の割合が高くなれば、少ない人員が拘束されて身動きが取れなくなる。「不況時には、元請と下請のバランスを見極めた舵取りが重要だ」と語る。

田中社長は苦境に直面すると、薫陶を受けた歴代社長の教えに立ち返ると打ち明けてくれた。「零細企業ならではの機動力を発揮し、独自の特色を頑なに磨き続ければ必ず突破口は生まれる」。先人の言葉を噛み締めると、新たな経営のヒントが得られるという。

グループ建設会社の経営者であった初代社長、下請の建具会社で営業力を磨き続けた2代目社長、技術屋一筋の3代目社長が異なる能力を発揮して、時代の荒波を無骨に乗り越え、生き抜いてきた。決して器用ではないが、環境の変化を見極めながら進化を遂げてきた同社の今後の展開に期待したい。

(経営指導員 納田秀史)